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FREE POWER
スマホのニュースを見ていると気になる自転車記事があった。

「電池のいらないアシストギヤ」
FREE POWERという商品は
その記事によればクランクとギヤの間にシリコンを入れることで
踏み込むときはシリコンを圧縮し
力の入りにくい(入らない)クランクの上死点下死点でそのシリコンの反発力が作用して
平地でも坂でもクランクが円滑に軽く回るようになるのだと言う。


それでは踏んでもフニャフニャで進まない自転車が出来上がるのではないかと思ったが

FREE POWERのHPを見てみると

・約20%以上加速性アップ
・長距離坂道走行に強い
・エクササイズ効果が高い
・膝にやさしい
・安定した加速に変化
・最高65%筋肉負担軽減
の6つをアピールポイントとしている。

数字で出でいるものは大学との研究結果として出たもののようだ。
内容を読む限り、凡夫の自分が簡単に考えるポンコツな製品ではないと思われる。

さらに調べてレビューを見ていると
坂は個人差があれど平地はとても軽やかに進んでくれるという。

シリコンの圧縮と反発で回転全体のロスを少なくして円滑に回転させるという発想なのだろう。
アシストではないが円滑に回す事だけを考えると自動車部品のフライホイール
自転車で言えば固定ギヤのピストに近いものを感じる。

電動アシスト自転車が力をアシストしているのに対して、
FREE POWERはペダリングの技術をアシストしているという事になる。

自分を含め皆がペダリングが難しいと感じている原因であろう力の入りづらい部分のアシスト。
クランクもスクエアタイプだしスポルティフ用に一つ欲しい。
見た目はちょっとアレだけど

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9月11日の夢日記
シュールな夢を見た。

他のメンバーと演劇(の練習?)をやっていて演技の途中、(ミスをして?)転んで井戸へ落ちてしまった。
気が付くと、弟と両親が迎えに来てくれたようで肩をかかえて歩いている途中だった。
場所はまだ演劇をしていた場所の近くだった。

皆少し老けているように見えた。
どれくらい気を失っていたか質問をすると
20年と弟が言い、両親もこちらをちらっと見た。
そうか・・・道理で、でも皆そこまでは老けてないように自分の目には映った。
自分は20年もこの場所に気絶したまま居て、皆つい最近までここに来れない事情があったのだろう。
なんでだかわからないけれど。

20年も経っていたら、その間、色々な事があっただろう?と弟に聞くと
何も無かったと言った。
何もなかったということは無いだろうと思った。
あぁ、また誰かが自分の知らぬ間に
特に昔の大物俳優達は皆他界してしまったのだろうと思った。
ここまでしか覚えていない。




本当によくわからない夢だ。
断片的に思い出してみると

・少なくとも自分は演劇はやった事がない。
もしあるとすれば幼い頃保育園でやった演劇くらいだろう。それもまるで覚えていないが
・今回あったのはアクション系が入る割と動くタイプのものだった。
・メンバーはどの誰も見たことがない人で、自分を入れて5人くらいいたように思う。
(この部分はおそらくは最近調べている「川上貞奴」の影響だろうと思う。)
・アクションがあるシーンやっている時に相手に武器を当てたはずみで(もしくは滑って?はっきり思い出せない)
井戸に落ちた所までは覚えているが、その次の瞬間両親と弟が肩を担いで歩いていた。
・気絶していたとはいえ何故両親と弟が来たのかはわからない。
・老けて見えたのは顔のしわが増えていたからだった。
・20年経ったと言われた時自分にとっては一瞬の出来事で、そんなに経ってしまったのかとは思ったけれど
不思議と驚きは少なかった。
・ハリボテの演劇場の近くが寂れていたり、同じ風景なのだが葉っぱが枯れていたり
20年と告げられる前から変化はうっすら確認していた。(病み上がりのようなぼんやりした状態だった)
・気絶前に見ていた風景と比べて、壁や草た建物の荒れ具合から見るにすでにその場所は廃墟だった。
・20年同じ場所で気絶したままという状況に違和感は覚えてはいたが
どこかつじつまが合っているような理解している部分もあった。
・大物俳優を思い出すのはおそらく今年亡くなった俳優が多いように感じているからだろう
前生きていた人が瞬きの瞬間、遠い昔に亡くなってしまっていたという状況になっていた為
空虚感というのか、軽い浦島太郎状態に陥った。



MUSIC
この二人の映像はあまり昔を感じさせない気がする。


異邦人  久保田早紀  1980


セカンド・ラブ  中森明菜 1982年

郡上おどり
岐阜の郡上八幡へ郡上おどりを「見に」行ってきました。


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小雨の降る中でもなかなかの人数。
多少の雨くらいでは関係なく開催されるようだ。

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特に何も買わなかったけれど
露店はいつも何か買ってしまいそうな魅力がある。


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郡上おどりの始まる少し前。
少しづつ踊りやぐらの付近に集まり始めている。

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踊りが始まると老若男女の地元民も観光客も参加する。
中心付近で踊っている上手な人の踊りを参考に、前にならえで踊っていくのだ。
間違っても人数が人数なだけに自分も周りもあまり気にしていない。
皆完璧に踊れるわけではなくて殆ど前にならえで踊っているよな感じだ。
曲が変わると初め人数がどっと減るのに、数分後にはまた元に戻ってるので多分これはそういう事なのだろう。


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このお祭りは、おどりの中心にある踊りやぐらで実際に祭囃子を演奏して、語って、をしている。
朝まで踊るのも大変だけれど、踊りやぐらも絶対大変だ。


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外人さんも踊りに参加。


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踊りやぐらでの演奏そのものが珍しくてしばらく写真を撮っていたら、やぐらからもこちらに向かって撮られてしまった。
朝までいる予定はなかったけれど、少し踊ってから帰ろうと思っていた。
しかしお囃子の音を聴いていると、むしょーに琵琶練習しないと!こんなことしている場合じゃない!
という気になり、予定よりも早めに切り上げることを決断。
結果的に、郡上踊りをただ撮りに行っただけになってしまった。

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今思えば、一曲くらい踊ってったら良かったと思う。
でも次の日はずっと琵琶練習出来たので良しとする。




琵琶湖一周
先日、琵琶湖一周に行った。
クラブイベントとして企画するつもりだったけれど、以前書いた通り今の自分は自転車を乗ることを怠っている。
なので企画した当の本人なのに皆のペースについて行けるはずもない。
そんな状況では負い目を感じてしまう。というよりもそれ以前に
皆楽しく努力して自転車に乗っているのに、自分は自分の楽しみさえも怠っている時点で
誰にではなく自分に負い目を感じているのだ。

楽しむことでも努力は必要だ。
駄目なら駄目で少しでも前に進むほかに道はない。

要約すると、自分はまだ自転車を楽しみたいという事だ。
そんな中、以前同僚だった友人からびわいちの誘いを受ける。

自分を含めた3人で行く琵琶湖一周。
一人は学生時代の自転車競技経験者、もう一人はフルマラソンを趣味にする屈強な男。
しかし三人とも(今現在の)自転車はそこまでじゃない。ブランクがあったり、長距離は久しぶりだったり
ロードバイクを始めたばかりのレベルなのだ。


言い出したのは向こうなのに実質、全ての計画は自分に丸投げにされた。
琵琶イチは自分がよく知っているからだという。

この暑い季節の中下手すると死んでしまう。
なので20キロに一度くらいの割合で休憩をはさみ、毎回体調をチェックしつつ
休憩時間を増やしたり、次の休憩スポットまでの道のりを説明して
ペースは今の体調に合わせて、皆には合わせないでもよいこととした。

過酷な時期なので、リタイヤの事を考えて、りんこう袋は持参せよと言っておいたのに二人とも持ってこなかった。
計画をやらせておいて、こちらの言ったことを聞かず、自分の身を守ることをないがしろにするとはどういう事だ。
向こうには向こうの考え方があるので深くは追及しないでおいた。
もちろんトラブルも何もなく行えるのがいちばんなのであるが・・・。

しかし半周走ったところで問題は起こった。
琵琶湖の北部、琵琶イチ唯一の山。
そこで一人が倒れた。

熱中症だ。
症状が治まらないようなら救急車を呼ぶ他ない。
涼しい日陰に移動させて水分を取らせる。
しばらく休憩すると自転車に乗れるくらいには回復したがこのまま走らせるわけにはいかない。
リタイヤだ。
リタイヤするにしてもココでは場所が悪いので近くの道の駅までなんとか移動。
本人の意識ははっきりしており、置いて先に行くように言われた。
電話をして家族に車で迎えに来てもらうという。

ここでしばらく時間を使ってしまったので帰りは必然的に遅くなる
なんなら、ここまでにして今回は切り上げたい。
しかしもう一人には輪行袋がない
そして道も知らない。

つまりどんなに遅くなろうが一緒に走って帰るほかないのだ。
そして休憩をかなり多くはさみながらなんとか琵琶イチ達成した。
あまりの過酷さに吊り橋効ではなく戦友というような感覚さえ覚えた。

リタイヤした彼も無事帰れたようだ。

自分で自分の状態は必ずしもわかるものではない。
無理する楽しみもあるけれど、無理しないで続けるというのも楽しみのひとつなのだ。

とにかく死者がでなくて本当に良かったと思う。
こんな暑いときに走るものではない。